羽鳥典子 メッツォソプラノリサイタル −ロマンの系譜−
- 日時 2006年10月29日(日) 午後2時開演
- 会場 銀座 王子ホール ( アクセスマップは こちら )
- 料金 3,500円(全席自由) 3,000円(学生)
- 出演者 羽鳥典子(メッツォ・ソプラノ) 大迫千恵美(ピアノ) 井ノ上洋(フルート)
- 曲目
- 喜びの衝動が
- W.A.Mozart
- 愛の喜び
- J.P.Martini
- ああ ただひとり
- L.Cherubini
- 古風なアリア
- 見捨てられた魂
- 競艇前のアンゾレータ
- 競艇後のアンゾレータ
- G.Rossini
- 夏の夜より
- 薔薇の精
- ラグーンにて〜嘆きの歌〜
- 放心
- L.H.Berlioz
- 舞踏への誘い
- 霧
- 私は聖母
- O.Respighi
- 曼珠沙華
- 秋風の歌
- みぞれに寄する愛の歌
- 薔薇の花に心をこめて
- 山田耕筰
- メロディー (フルート独奏)
- Noburot
- ”ミニョン”より
- 君よ知るや南の国
- A.Thoma
- ロマンの系譜 〜プログラムについて〜
昔イタリアで勉強していた頃、いつもは声の小さな音楽史の先生が、珍しく大きな声で言った。「ヨーロッパ音楽にとって、19世紀は最も興味深くかつ重要です。」
今回のリサイタルのプログラムを組むにあたって、20年振りにこの時の先生の言葉を思い出している。
19世紀、ヨーロッパにはすでに市民階級が誕生しており、作曲家達の創作のエネルギーは、この新しい聴衆に向けられるようになっていく。そして、パリに象徴される大都市の出現。そこには、コンサートホール、常に新しい息吹を求める熱心な聴衆や優れた演奏家がおり、作曲家はそれらを求めて、都市へと集まって来るようになった。
ロマン派の風に運ばれた近代歌曲の種は、都市という土壌なくしては健やかに育たなかったように思われる。今回のプログラムのテーマを「ロマンの系譜」としたのは、音楽史の中で個々の点と見なされがちな作曲家達が、実は19世紀ヨーロッパの都市という坩堝の中で、時代の風を受けつつ、反応し合ったのではなかったかと考えたからである。
まず、ドイツで最初に開花した近代歌曲の波は、素早く他の国へと広がって行った。
ベルリオーズとロッシーニ、同じ時期にパリに暮らしたこの二人も、それぞれの個性と才能を十分に生かしつつ、歌曲の作曲に取り組んだ。ベルリオーズは色彩感豊かな和声語法を駆使して。パリに暮らしたロッシーニが、イタリア時代とは別人のような横顔を見せるのも大変興味深い。
そして、レスピーギと山田耕筰。彼らもまた、フランス、ドイツの先人の影響を多大に受けつつ、自国語での歌曲に取り組んだ作曲家である。
モーツァルトは生涯の三分の一を旅で過ごしたと言う。短命であったが故に19世紀を生きることはできなかったが、彼の作曲家としての人生はまさに19世紀の先駆的なものであった。今回のプログラムはモーツァルトから始まる。彼とイタリアとの出会いなくして、数々のオペラの傑作は生まれなかった。モーツァルトより僅かに若いケルビーニは、パリで活躍しフランス人好みのグランドオペラを書いた。モーツァルトのブッファ(喜歌劇)の輝きはロッシーニに受け継がれたといって良い。しかし、ロッシーニはオペラ作曲家を早々引退し、後半生をパリで暮らす。都会での悠々自適の生活の中で、サロンの為の歌曲を本当に楽しそうに、たくさん書いた。これらの作品で彼が軽やかに愛を語る時、使われる和声の色彩は豊かで、少しだけフランス的である。
そして同時期にすでに「幻想交響曲」発表し、後世に続く色彩感豊かな和声法を確立していたのがベルリオーズである。「夏の夜」はシューマンの歌の年の翌年に書かれている。19世紀はまた歌曲の時代でもあった。ベルリオーズはフランス語の偉大な詩を、個性的な語法で音楽と融合させることのできた最初の作曲家であった。
オペラの国イタリアでは、ドイツやフランスの歌曲に匹敵する歌曲の誕生は、19世紀末のレスピーギの登場を待たねばならない。レスピーギの初期の作品は、フランスの影響が濃い。しかし彼もまた次第に、同時代の詩人達の作品に相応しい音楽を確立していった。そして、レスピーギが円熟期に差し掛かった頃、山田耕筰がヨーロッパに渡っている。成熟しきったヨーロッパの歌曲に接した彼の想いが、帰国間もない頃の彼の作品には色濃く反映されているように思われる。 (羽鳥) - 終了いたしました。リサイタルにお越し下さいました方々には、心より御礼申し上げます。
⇒ 先頭に戻る
